その瞬間、痛っ、という声が聞こえた。思わず声を上げてしまいそうになったところに、手が伸びてきて口をふさがれた。 ますます動揺して、暴れ出そうとする自分の耳元に、よく聞きなれた声が「俺だよ」とささやいた。 「犀?」 顔を上げると、犀がいた。シィ、と人差し指を口元にやりながら、困った顔で笑っている。 「ごめん、すぐ、出ていく」 「でもほかに隠れる宛なんてないんだろ?」 「そうだけど……」 「それにお前、見つけてもらうまで一人でいるの、耐えられるのか?」 「うう……」 「いいよ、ここにいな。二人ぐらい何とかなるだろ」 犀は体を伸ばして、机と対の椅子の脚を引き寄せる。傍から見たらちゃんと普通の一組の机と椅子に見えるに違いない。 その代わり、すごく暗くなってしまったけど。 この机は、普通の机とは違って、椅子側以外の三面が板でぴっちり覆われている。テーブルの左右も板で仕切りが されているので、隣の人を気にせず、読書や調べ物に集中できるという代物だ。知らない人は嫌いだけど、 ひとりも嫌い、という自分にぴったりである。 犀がごそごそと体を動かすと、自分の周りの空間が少し楽になった。訳も分からず飛び込んだ自分のために、 犀が隙間を空けてくれたのだ。離れた体と体の間に、空調の冷えた空気がひゅう、と入り込んできて、涼しい。 不意に、犀が笑う声がした。