あめあめ ふれふれ 母さんが 蛇の目でお迎え 嬉しいな そこまで口ずさんで、萩原朔太郎は大きなため息を吐いた。恨めしげに見つめる足先にはずぶ濡れになって泥の跳ねた着物の裾と、勢いを増していく雨が道を穿ち、ばちばちと音を立てて飛び跳ねる様を見て、もう一度ため息を吐いてしまう。ちょうど水滴が裸足の指に飛沫がかかり玉露となって流れ落ちていく所だった。 突然降り出した雨に気づいて、急いで屋根の下に避難したものの、急速に早まった雨脚と生来の自分の鈍臭さの所為で見事な濡れ鼠となっていた。 しとどに濡れた着物は今朝下ろしたばかりの新しい夏物で、梅雨の蒸す気候に合わせたものだった。丁度歩いていたときも、まとわりつくような暑さこそあれど風通しのよい藍色の布地はぴったりだった。 今の自分には、蛇の目をさして迎えに来てくれる母親はいない。かといって誰かを心待ちにするような気持ちにもなれず、こうして借りた軒先で雨が過ぎ去るのを待っていた。 「蛇の目も和傘も、コウモリ傘もないけれど」 ため息と共に凝った憂鬱を吐き出す。形にならないはずのそれは一度だけ白い靄のように細長く吐き出され、やがて霧散していった。吸い口を噛んだ所為でもうすぐこの煙草も仕舞いになる。高すぎる湿度でふやけた煙草にはもう火は点かないだろう。手持ちの燐寸はもう水に浸かってしまっていたので、諦めて袂にしまい込んでいる。今吸っているものが最後の一本だった。 「外に出なければ、良い一日だった……のかな」 ツイと視線を上げて軒先を見やれば、樋の吐き口が縁からあふれる雨水が雨の激しさを物語っていた。そのいくつかが頬に飛び跳ねて思わず目を瞑る。 「おわあ!」 驚いた拍子に、まだ味わえそうだった煙草をこぼしてしまった。なんて一日だろう。幸福だった分だけ悪いことがやってくる。まるでそれを形にしたような一日だった。